京都大学ポータルサイトサイトマップ問い合わせ

談話室

ホーム > 談話室 > 議論 > 小泉首相の靖国参拝について2

小泉首相の靖国参拝について2


1. er 2003/01/26(日) 06:46:46
その2です。前スレのリンクの貼り方わかりません。
誰か張って頂けないでしょうか?

2. er 2003/01/26(日) 07:14:49
>これでも俺は自称左翼さんの
>>朝鮮半島と台湾は当時既に日本の領土だったから先の戦争とは無関係。
>「先の戦争」の開始時期を何時にするかが問題。

>>そんな無茶な。だったらさらに700年遡って、元寇の話を持ち出そうか?
>>モンゴル帝国元王朝の尖兵となった高麗軍が2度も九州侵攻してきた挙句、鎌倉幕>>府は潰れた。

に対する回答からです。どうも遅くなってすいません。

そういう立場もありだと思います。ただ私は、先の戦争の責任主体を先ず国民国家としての日本に置き、それを媒介にして自分の責任というものを考えます。

その国民国家の成立時期が明治政府成立(1868年)前後に置くと説明し易い面があるので、とりあえずは1868年以降の「国民国家=日本」の成立から1945(、1952、1972、現在まで)を一つの区分としてみます。

私自身、後に7世紀-現在という視点(1300年は長すぎる気もしますが)も後述しますし、モンゴル帝国という視点も、有益な説明が出来そうなので良いのではないでしょうか?私自身、今日の日本と大国アメリカ、あるいは経済成長をとげて大国となるであろう中国、インドとの関係を考えるのに興味深いものがあります。

さて、ぼちぼち書く事にします。

3. er 2003/01/26(日) 07:45:43
私がいう国民国家としての日本とは言い換えると国体です。更に言い換えると天皇原理主義を教義とする国家でともいうものです。その成立のあらましを追って説明しましょう。

1868明治維新の年ですが、
政府は「神仏判然令」を出して、神道を仏教の上に置きました。その時起こったのがいわゆる廃仏毀釈運動です。

これが従来の神道と後の天皇原理主義とをわかつ嚆矢となりました。
政府は全国の神社を直截国家の支配下において中央集権化していきます。
1870 大教宣布の詔 天皇を頂点とし、伊勢神宮を本山とするような形に神道整えられ、ヒエラルキー化されました。

このとき、国家神道の創出に当っては、垂加神道(江戸初期 山崎闇斎(1618−1682)とその弟子栗山潜ら崎門復古神道が明治維新において中心的役割)や復古 神道が起源となりました。

以後、国家神道は「国家の祭祀であり宗教でない」ものとなります。

この過程で従来の伝統的な慣習としての神道・伝統主義は否定されました。例えば春日大社は奈良時代創建のものですが、古くからの儀式は明治時代で断絶します。

このような、国家神道に同化することを拒否したのが、神社神道と呼ばれるものです。それらは、国教(=正しい物)としての国家神道とは異なり、キリスト教や仏教と同列の宗教として認められ、存続します。

さて憲法草案策定のためにヨーロッパ派遣されていた伊藤博文は
1888年に演説で「ヨーロッパで憲法は歴史の中で作られた。憲法には宗教などの機軸必要だが日本にはその機軸がない。既存の仏教や神道、儒教は憲法の土台たりえず」と、従来の神道を否定し、以後政府は、教育勅語で天皇の赤子としての皇民化政策を進め、謂わば天皇教=国体イデオロギーを宗教とする近代化を進めました。

4. er 2003/01/26(日) 08:01:08
従来藩単位の帰属意識しかもたなかった、現在日本と呼ばれる地域に居住する人々は、皇民化によって国民となっていきます。この過程で沖縄やその他の地域でも国民意識が育てられ、日本化しました。

そもそも天皇・日本という呼称がセットで現れたのは7世紀で、以降もアイヌ・沖縄は勿論のこと、いたるところ非日本人たる人間が存在し、彼らとの戦いは「役」と表現されました。また、日本化が進んだ現在においても、言葉や食習慣においては各地域で差異が残存し、旧来の地域文化が残っています。この辺りのことは網野善彦氏の「東と西の日本史」などに詳しいです。

さて、そのような日本の拡張主義の延長として、早くも
1874年には台湾出兵が行われました。

ちなみに、こんな史観もあります。

丸山静雄『日本の七〇年戦争』(新日本出版社 2718円)インパール作戦などへの従軍経験をもつ元朝日新聞記者によって書かれたもの。西郷従道率いる台湾征討軍出兵(1874)以来の「71年にわたる一貫した戦争」という観点を提起。七〇年戦争は恥、虚妄、汚辱の戦いであったが、新憲法の不戦の母体になったとの史観。この史観にたったとき、亡き兵士の鎮魂がなされ、アジア共生も可能になると説く。

5. er 2003/01/26(日) 08:22:24
上でそのような日本の拡張主義と断り無しに使ってしまいましたが、
要するに、明治政府を中央とした天皇原理主義に基づく国民化政策のことです。

そして天皇を原理を補完する、靖国神社の動きも並行して行われます。
1869年明治天皇の勅命によって、前身である「東京招魂社」(とうきょう・しょうこん・しゃ)が創建されました。

 明治維新の「官軍」の戦没者を祀る施設であったわけです。
いわゆる信者がいるわけでもなく、神官はじめ従事者はすべて国家公務員でした。

1879年「東京招魂社」の名称を「靖国神社」と改称します。
内務省所管の一般の神社とは違い、陸・海軍省所管となりました。

「天皇に命をささげた」が祀られる条件だったので、天皇の軍隊に歯向かった西南の役の西郷隆盛ら「賊軍の将」は祀られず。もちろん、官軍と戦った幕府軍は当然のことです。

さてまぁこんな具合に、薩摩が日本となり、沖縄、台湾も日本となりました。
1868 明治維新
1874 台湾出兵
1876 日朝修好条規 
1894 日清戦争開始 朝鮮の農民が日本や欧米に反対して反乱を起こす。
     東学党の乱(甲午農民戦争ともいう)。
     日清戦争が始まる。
1895 台湾植民地化本格化

「日本」の朝鮮侵略・日本化は時間的に見ても、沖縄・台湾と同質のものと捉えられます。そ日本名・神社参拝・日本語使用の強制など、共通の思想に起源を持っています。

6. er 2003/01/26(日) 08:55:18
さて、対米英開戦は対中国戦争継続のために行われました。
それでは対中国全面開戦はなぜ行われたのでしょうか?

満州事変以後の日本の在華特殊権益に執着した為です。
それでは何故日本は執着したのでしょうか?

それは日清・日露両戦争の思い出による執着があったからです。

1919 万歳事件(朝鮮独立運動)。中国五-四運
1931 満州事変
1937 盧溝橋事件、日中全面戦争始る
1941 対米英開戦

それではなぜ日露戦争は行われたのでしょうか?
対中権益を獲得し、対朝鮮権益を維持したかったからです。

それではなぜ日本は対朝鮮権益を持っていたのでしょうか?
1876年日朝修好条規を押し付けたからです。

というわけで日朝修好条規まで遡りました。

それではなぜ日本は朝鮮を、侵略の対象としたのでしょうか?
それではなぜ日本は台湾を、侵略の対象としたのでしょうか?
それではなぜ日本は沖縄を、アイヌを、薩摩を…

7. er 2003/01/26(日) 09:35:44
「なぜ」、と遡って行くと日本化政策に辿り着きました。
国民国家としての日本の創出、即ち明治維新です。

西郷隆盛に対して、旧薩摩藩の住民である九州人に責任を感じるかと聞かれたら
私は感じないと応えるでしょう。

>しかしそれは「個人の悪」であって「国家の悪」ではないのです。
に関して応答します。

戦後うまれの私は、直接的に中国人・朝鮮人・ベトナム人を殺したわけでは有りません。

日本人になろうとして生まれたわけでもありません。
しかし、対中戦争や朝鮮特需といった歴史を経て、今の日本があって、そこで生きています。

サンフランシスコ講和体制(沖縄復帰、安保条約、ベトナム、基地、憲法)というアメリカと当時の日本指導者の妥協の産物と靖国という国民化=皇民化=天皇制システムの結果として今ここに私が存在してしまっているのです。

「国家」は依然として存続し、私自身もその基礎をなしています。 
 
中国人・朝鮮人・ベトナム人の前では私は日本人です。

私にとって、中国人などの戦争被害者が謝罪されないのは余りにも理不尽と感じられます。
 
また女性からみたら私は男性です。国籍が日本であれ、アメリカであれ、犯したものとして誰かが謝罪すべきだと思います。

沖縄人からみた私はヤマトンチューです。天皇メッセージで見捨て、1972年までアメリカに占領させたまま、今も日本の米軍基地の75%を押し付けています。またウチナーの文化を奪ったものとして立ち現れるかもしれません。

日本軍に見放され、殺された沖縄人や被害者でも、他国の人から見たら日本人として存在してしまいます。

タリバンに喧嘩うったつもりはなくても第3の敵になったり、米軍機の発信地の人間となってしまいます。

8. er 2003/01/26(日) 09:38:45
上記のように、戦争における責任は必ずしも、抽象的な悪玉国家(と少数の悪人)とその被支配者たる国民に二分できるものではないと思います。

何故なら、国民として映ってしまう個人は、戦争に心躍らせたり、恩恵を受けたりしてしまっているからです。


それでは責任の主体は誰が担えるのでしょうか?
 責任(responsibility)をresponse+bilityとして応答可能性と解釈すれば
父方の祖父は国威発揚に加担、母方の祖母は特攻隊の栄養士として生まれ、豊かさの中で育った私は、少なくともその分だけは引き受けたいと思っています。

死んでしまった彼ら・彼女らのは最早謝罪することはできません。
そして、その謝罪を真摯にするためには、原因の追求と反省が必要で、今のところ
それは、明治維新期に端を発する靖国とセットになった国民国家政策です。

従って私は非国民でありたい。しかし、その前に犠牲者に対して、謝罪する主体が必要です。私はそれを、個人が協働して天皇(と天皇を免罪したサンフランシスコ講和体制)を告発し、その恩恵を受けている国民として国家として日本の謝罪を要求します。ここにダブルバインドがあるのですが。

眠くて時間がないので今日はここまでにしたいと思います。
責任の主体がズレタところがあるので、皆様に置きましては質問やツッコミも変わろうかとも思います。

なんかあったら書いて下さい。長々と失礼しました。

9. とりあえず 2003/01/26(日) 12:22:11
>er
改行を適度に入れたほうがいい行があるような
それと同時に空行が多すぎるような

10. 理学部生@最底辺 2003/01/26(日) 13:50:53
時間がないんであんまり書けないが。

君はつまりこの日本国という現在の社会システムが存在し続ける限り
「日本国民は永遠に謝罪し続けろ」と言っているわけだよね。
「日本人である」ということは「原罪である」と言いたいわけだよね。

で、常識から考えて欲しいんだが。
そんな主張が、果たしてこの日本で通用「するべきだ」とお思いか?


君が自分でも認めている通り、君の「謝罪されないのは余りにも理不尽」というのは
所詮感情論に過ぎない。日本政府は既に謝罪を済ませているし、どのような経緯であれ
相手の政府がそれを受け入れた以上、その責を負うのはその国の国民であるべきだ。
この原則が、  国  益  を  損  な  っ  て  ま  で  、 何故「感情論」に
よって曲げられなくてはならないのか。

言うまでもないが、国が国として下す決断は常に自らの利益に沿ったものでなくてはならない。
君が個人的に「謝罪」し続けるのは君の勝手だし、私にそれを止める権利はない。
だが、君が日本国政府に、言い換えれば1億1千万人の日本国民の代表に
「謝罪」を要求するのなら、そしてそのことによって日本が得る利益がどのようなものであるかを
きちんと説明できないのなら、君は自分の単なる自己満足のために日本国民全てに
有形無形の膨大な損失を押し付けようとする極めて有害な人間である、と言う他はない。以上。

11. >er 2003/01/26(日) 15:08:30
戦争の処理はもう済んでいるし、我々が豊かさを享受しているのは日中戦争や
朝鮮戦争のおかげであるように言っているがそれは誤りだ。

>私にとって、中国人などの戦争被害者が謝罪されないのは余りにも理不尽と感じら>れます。
日韓条約で日本は韓国政府に補償金を払い、個人の補償については韓国政府が
行うということ、韓国政府はそれ以上の請求権がないことが定められているの
だが。日中国交正常化の際に中国は賠償金の請求権を放棄しているのだが。

貴方が理不尽に感じているのは相手が理不尽な要求をしているからだと思う
のだが。

そんなに謝りたいのならいっそのこと憲法に中韓への謝罪を明文化すれば
いいのに。謝罪国家日本、韓国人の前で頭を下げなければ違憲とかね。

冗談のつもりだが、あなたの主張が実現されれば大差はないだろうね。

12. わたぱち(一旦感情を吐き出します) 2003/01/26(日) 15:28:42
>従って私は非国民でありたい。しかし、その前に犠牲者に対して、謝罪する主体>が必要です。私はそれを、個人が協働して天皇(と天皇を免罪したサンフランシ>スコ講和体制)を告発し、その恩恵を受けている国民として国家として日本の謝>罪を要求します。ここにダブルバインドがあるのですが。

さらにあなたはその非国民が国立大学、
それも海軍と手を組んで、陸軍と国民を陥れた京都大学の生徒であるわけだ。
人よりも天皇親政時代(なはずも無いけど、戦前暗黒史観によれば)
の恩恵を受けといて、
どんな面を下げて天皇を攻撃できるのか?
申し訳ないが、アリストテレス曰く…
1、発言者が誰であるか
2、聞き手の感情にどのように訴えるか
3、理論
この順番に説得力があるらしい。
もちろん匿名の議論板でこのようなことを言うのは馬鹿らしいけども、
発言者が誰であるかは気になってしまうのが本音。
いまいち説得力が無いのもそのためかもしれない。

あなたの自身が筋を通すためには、
やはりこの大学を辞めることが必要ではないか?
それとも知行一致はただの理想であるのか?
空理空論を振り回し、行動がなってないというのはいかがなものか?
此れ学生が舐められる所以なり。

13. er 2003/01/27(月) 06:33:09
>理学部生@最底辺 さん

>君はつまりこの日本国という現在の社会システムが存在し続ける限り
>「日本国民は永遠に謝罪し続けろ」と言っているわけだよね。

べき論は使わないように注意したのですが。どの辺でそう判断されたのかわかりません。

>君が自分でも認めている通り、君の「謝罪されないのは余りにも理不尽」という>のは所詮感情論に過ぎない。

くりかえしになりますが、感情論はよくない、というのも感情論です。論理が感情に優先するということを感情、主観を前提とせずに論理的に導くことはできません。


>日韓条約で日本は韓国政府に補償金を払い、個人の補償については韓国政府が
>行うということ、韓国政府はそれ以上の請求権がないことが定められているの
>だが。日中国交正常化の際に中国は賠償金の請求権を放棄しているのだが。

私は韓国政府が韓国人の被害者に対してそのようなことをする権利や、加害者に赦しを与える能力をもっていたとはみなしておりません。ことに韓国は後の光州事件など、当時の国内外的な状況から判断しても、現在の北朝鮮を髣髴させる人権蹂躙の国だったといえます。中国の放棄に関しては、国家と国家という関係に切り縮めたうえでは、戦略意図を勘案した上でも寛大な処置だったと思いますが、それでもやはり、日本人に対する赦しを中国政府が与える権利をもっていたとは考えません。

>日本政府は既に謝罪を済ませているし、どのような経緯であれ相手の政府がそれ>を受け入れた以上、その責を負うのはその国の国民であるべきだ。

突然べき論が登場しますが、どのような前提と論理に基づいて演繹されたのでしょうか。その論理規則に対する最初の合意はどのようになされたのでしょうか?
主観に帰着せざるを得ないと思うのですが。

14. er 2003/01/27(月) 06:35:27
最初に主観に依存した上で行われた論理展開が、感情論より上だと、論理的に主張しえないでしょう。

>貴方が理不尽に感じているのは相手が理不尽な要求をしているからだと思うのだ>が。

理不尽であろうとなかろうと、私はいままで中国人なり韓国人に要求をされたことはないです。

私の連累によってある被害を蒙った人たちに対して、誰がresponseしうる位置にあるかと考えた場合、私は自分がその位置にあると思ったから、私が責任を負うと考えたのです。

もしも私が韓国人であったとしても、たとえばこの世でもっとも被害者に対して応答できる立場にいると思ったなら、責任を感じます。

>君は自分の単なる自己満足のために日本国民全てに
>有形無形の膨大な損失を押し付けようとする極めて有害な人間である

私も日本国民に入ってしまっているので、自家撞着です。

また日本国民に損失を押し付けるということが、無条件に悪であるとされていますが、どのような前提から導かれたものでしょうか?

国民は国家に服従すべきだという感情論ではないのですか。
あなたがそのような思いを実存とすること自体を否定しませんが、
前提を明らかにしないで結論だけだすより、前提を明らかにした方が説得力を持つんじゃないかなぁとか思います。

説得力のない私が言うのもなんですが。

15. er 2003/01/27(月) 07:08:26
>さらにあなたはその非国民が国立大学、
>それも海軍と手を組んで、陸軍と国民を陥れた京都大学の生徒であるわけだ。

したがって現在この世でもっともresponseしうる位置にあるのです。
私が日本人として韓国人の前にいるときには、日本人であるが故の責任能力=応答可能性をもっとも持つと考えます。

もし韓国人に性暴力を受けた日本人女性がいて、この世に男性が私しかいなかったら、男性というアイデンティティーを持つ限り、責任能力を持つと考えます。

>人よりも天皇親政時代(なはずも無いけど、戦前暗黒史観によれば
私は暗黒と主張したつもりはありません。少なくとも崇高な天皇への献身に価値を置く人にとっては1945年以前の方が幸せであったと思います。

これはアリストテレスのニコマコス倫理学でも、ポリスに生きる人間(ゾーン・ポリティコン)の最高善は、友愛ではなく、崇高なるポリスへの献身と説かれており、珍しいものではないと思います。

>なはずも無いけど
あなたがそう判断した根拠は何なのか自分で考えてみて下さい。どのような事実に基づいているのか。どのような立場の人が言ったのか。

>人よりも天皇親政時代(なはずも無いけど、戦前暗黒史観によれば
戦前暗黒史観とは、東京裁判以後の洗脳によって赤く染められた歴史観という位の意味合いだと思いますが、「天皇親政時代」について、なるべく右寄りの人が書いた参考文献を挙げておきます。
・とりあえず、京大出身で東大法学博士の小室直樹氏が書いた「痛快 憲法学」
 多分ルネで買えます。1700円。
・平泉澄「物語日本史」講談社学術文庫 全3巻 著者は戦前に、旧来の歴史学を批判し、皇国史観を称揚しました。

私は誰が言ったかということは、その人の利益などに敏感でありたいという観点で重視しますが、ある人が言ったから真実だとは思いません。

したがって異なる立場の言説もチェックすべきだと考えます。
もしひまなら、

・「仏教と神道」ひろさちや 新潮選書1,000円
・「徹底批判 国民の歴史」2000円
も読んでみて下さい。

まぁ「天皇親政」に関しては小室と平泉で十分かと思いますが。

16. er 2003/01/27(月) 07:15:35
↑わたばちさんへでした。

あと、「我々が豊かさを享受しているのは日中戦争や朝鮮戦争のおかげであるよう    に言っているがそれは誤りだ。」

に関してですが、全面的に日中戦争や朝鮮戦争のおかげで豊かさを享受していると受け取られたなら表現力不足でした。

もし日中戦争や、朝鮮戦争の特需が日本経済の再建に寄与したという通説を全否定するような説を主張するなら、もうすこし詳しく書いて下さい。

統計学も多少分かるので、その辺は遠慮しないで下さい。

それではオヤスミナサイ。

17. er 2003/01/27(月) 07:24:04
参考文献追加
肝心の批判されてる戦前暗黒史観をわすれてますた。スマソ。
岩波現代文庫「戦争責任」「太平洋戦争」家永三郎 各1400円

それでは、理学部生@最底辺さん、わたばちさん、おやすみなさい。

18. ととろろろ 2003/01/27(月) 09:40:06
>erさん

>私の連累によってある被害を蒙った人たちに対して、誰がresponseしうる位置に>あるかと考えた場合、私は自分がその位置にあると思ったから、私が責任を負う>と考えたのです。

>もしも私が韓国人であったとしても、たとえばこの世でもっとも被害者に対して>応答できる立場にいると思ったなら、責任を感じます。

ふーん。では、ひとつ質問。
もし、あなた以上に被害者に「応答可能」な立場に位置している人間/集団がいるとすれば(あるとすれば)、
あなたはそれでも責任を感じ、「応答」しますか?

19. DO 2003/01/27(月) 10:49:26
サンフランシスコ条約をもってすべてが解決しました。これにより全てがちゃらになりました。中西先生にでも聞いてみな。

20. わたぱち 2003/01/27(月) 11:48:27
「痛快 憲法学」読んだことあります。
(ブックオフで小室本は100コーナーにたくさんあるね
ただ、俺は右よりっていっても小室は嫌いです。
田中角栄が民主主義とは思えないから。
確か大陸系の民主主義とは、
私欲をそれぞれに解決できる「よき大人」達が集まってやるもん。
地元還流の田中はどう考えたっ私欲の代表者)

21. わたぱち 2003/01/27(月) 12:15:36
正直erさんのやりたいことが分からない。
なんで、勝手に簡略化してみます。
もし違ったら指摘して。

1.サンフランシスコ条約をもってある程度解決したが、
道義的、倫理的には未だ解決していない。
だから、こころから謝って負債を返せ。

2.完全に価値を共有することは不可能だ。
しかし、
アジアの人も我々も天皇による被害者という点では同じ立場であるので
共に天皇を糾弾しよう。

ちなみに家永本は資料がどうのこうの以前のクソ本。
論理がめちゃくちゃ。
わざわざ読む気はないよ。

22. 理学部生@最底辺 2003/01/27(月) 16:14:53
なんかなあ…

>>君が自分でも認めている通り、君の「謝罪されないのは余りにも理不尽」というのは所詮感情論に過ぎない。
>くりかえしになりますが、感情論はよくない、というのも感情論です。
>論理が感情に優先するということを感情、主観を前提とせずに論理的に導くことはできません。
これにしろ、

>また日本国民に損失を押し付けるということが、無条件に悪であるとされていますが、
>どのような前提から導かれたものでしょうか?
これにしろ、結局ただの言葉遊びに付き合わされていただけだったんだなあ。
見事に釣られちゃったよ、はっはっは。

>もし韓国人に性暴力を受けた日本人女性がいて、この世に男性が私しかいなかったら、
>男性というアイデンティティーを持つ限り、責任能力を持つと考えます。
これなんかはもう笑うしかないし。

幸い自分に「説得力がない」ことは認識しているようなので、文字数2倍使ってもいい、
もう少し丁寧に解説してくれ。このやりとりを「議論」という形で続ける意志があるのなら、の話だけど。

23. sss 2003/01/27(月) 17:23:30
ねたでしょ

24. tu 2003/01/27(月) 18:06:23
社民、共産、民主に言いたいけど、批判する側は批判されないから楽だよ。たとえそれがどんなにDQNな事口走ってても。

25. とりあえず 2003/01/27(月) 22:00:54
>erさん
結論”だけ”を、なるべく簡潔に書いて示してください。

26. 民主党没落宣言 2003/01/27(月) 22:15:15
今国会で、菅直人が首相の靖国参拝が終戦記念日に行わなかった事を批判してたけど、こいつは元々参拝自体が
「A級戦犯が戦争を起こした事を肯定することになる」
って言って批判してたんだろ?(この理由自体訳分からんが・・)
『どうして終戦記念日に参拝なんかするんだ!』
って言っときながらいざ前倒ししたら
『どうして終戦記念日に参拝しないんだ!』
って言ってるわけでしょ?
私は政治は素人だけどどう考えてもおかしいじゃないですか?

27. おいおい 2003/01/27(月) 23:18:59
>er
ほんまに京大生か?
典型的な日教組チャイルドやんか。
中西先生泣くぞ!

28. 幼児化 2003/01/27(月) 23:27:39
>er
ぼくちゃんよくお勉強してきたのでちゅね。
えらいでちゅね。
きっと小林よしのりあたりの影響を受けて
幼児化しちゃったんでちょうね。
でも、外務省の官僚にはならないでね。

29. それでも俺は自称左翼 2003/01/27(月) 23:54:01
>erさん
丁寧なお返事ありがとうございます。豊富な知識の程に敬服致します。
ただ、勉強熱心なご姿勢には頭が下がるとしても、全体としてあなたの議論を見た場合、結果として全く納得出来ないというのが正直なところです。
あなたの論旨を要約すると、「明治維新以後日本は天皇制の下に拡張政策を推進し、その結果多くの惨禍を招いた、だから同じ日本国家に住む我々は何らかの責任を感じて然るべき」ということかと思うのですが、この論法には3つの点で重大な欠陥があるといわざるを得ません。従って、あなたの論点を認めることは残念ながら全くできないということです。

まず第1点ですが、「明治維新以後日本は天皇制の下に拡張政策を推進し、その結果多くの惨禍を招いた」というところです。これを論証するため、あなたは「天皇原理主義」を定式化して、その後、「明治維新から第2次世界大戦に至るまでには必然的な歴史的経緯があった」と主張しているものおと思われます。しかし、私にはこの論法が納得出来ないのです。
というのは、あなたの議論は、「歴史の連続性」を示しているだけで、因果関係の必然性を示しているわけではないとしか思えないからです。あなたが歴史の流れに沿って因果関係を遡及していこうとしたその試みは理解出来ますし、各段階の推論も一応認めるとしましょう(反論したい点は沢山ありますが、今はそれはおいておきましょう)。しかしそれであっても、その結果出てくる結論が正しいとは到底思えないのです。

長くなったので続きます。

30. それでも俺は自称左翼 2003/01/27(月) 23:54:35
上の続きです。

「風が吹けば桶屋が儲かる」という諺があります。現実世界においては、余りに多くの段階の推論を積み重ねると、推論の各段階には妥当性があっても、全体としては妥当でないものが導き出されることがあり得るということです。あなたの議論はこれに近いと思われてならないのです。
理由は単純で、各段階の「必然性」が弱いからです。例えばあなたは「日本の対外的行動」だけを材料に推論を進めていますが、外交というのは外国という他の「プレイヤー」もいるわけで、他の国が行動を違えていたら全く違った結果にならなかったとも限らないのです。例えばセルビアのテロリストがオーストリア皇太子暗殺事件を起こさなければ第1次大戦が起こらず従って日英同盟解体もなくそれによって対英米戦争もなく……、という帰結もあり得たのではないでしょうか。また、国家の運営には外交・防衛の他にも、内政という重大な要素があるはずですが、あなたはこれにも言及していない。つまり、あなたの推論の各段階の妥当性はそれなりに高いとしても、少なくとも100%ではないわけで、これを多重に重ねることで、全体としての妥当性が極めて弱いものになっているのではないかというのか、と思えてならないのです。

第2点です。あなたは歴史の連続性を、「天皇原理主義」あるいは「対外権益」というキーワードで正当化しようと試みていましたが、戦後日本にはそのいずれも存在しません。とすると、あなたの論法では、終戦を期に歴史の連続性はひとまず絶たれているのではないでしょうか?あなたも

> 西郷隆盛に対して、旧薩摩藩の住民である九州人に責任を感じるかと聞かれたら
> 私は感じないと応えるでしょう。

とおっしゃっていますが、同様の理屈で、戦後の日本人は戦前・戦中の政策に関して責任を取る謂われはないとも言えてしまうのではないでしょうか?

さらに続きます。

31. それでも俺は自称左翼 2003/01/27(月) 23:55:10
2つ上から続きます。

最後に第3点です。あなたは「これこれの理由により責任を感じるから謝罪したい」と考えておられるようですが、飽くまでそれはあなた個人の考えです。私などは、「生まれる前のことに(個人として)責任を取れといわれても言いがかりとか思えない」と考えます。そして、どちらかというと日本人の多数意見は私の意見の方に近いのではないかと思われます。
となれば、あなたの「謝罪する義務はないが、責任感を感じるから謝罪したい」という考えは余りに独りよがりなものとなってしまうのではないでしょうか?その考えはおそらくあなたの倫理的なお気持ちから出ているとは思いますが、とても他の人を説得するだけの力は持たないのでは、と。

蛇足ながら一つ―――。イエスを処刑したのはユダヤ教徒です。ユダヤ民族は今もなお、ユダヤ教という信仰のもとに、当時から一本の線で結ばれています。では、ユダヤ民族はキリスト教徒に対して責任を感じ、謝罪すべきなのでしょうか?

32. 入り浸り [E-Mail] 2003/01/28(火) 00:38:04
とっとと前スレ貼れよ
http://www.kyoto-u.com/lounge/discuss/html/200301/03010021.html

33. 入り浸り [E-Mail] 2003/01/28(火) 00:53:47
er氏の歴史観、なかなか興味深く読ませていただいた。
俺なりに要約すると、明治期以降の日本は日本国内の地域および
日本の周辺部に対して「日本化」を進めるために拡張主義を採った。

ここが彼の起点であり、最も重要視するべき部分であると思う。
しかし、変だよね。
>言語や食生活においては各地域で差異が現存し
と言っているが、そもそもその土地でとれるものを食うのが人間だし、
それが変化するのは気候が変化したか、流通が発達したかのどちらかだ。
沖縄には沖縄の食い物があるし、青森には青森の食い物がある。
北海道にも京都にも島根にも愛媛にも独自の食い物はある。
それを「日本化政策の名残り」というのは無茶ではないか。
さらに、言語については柳田国男『蝸牛考』、簡単なところでは
探偵ナイトスクープの『日本アホバカ分布考』などを参照されたいが、
日本の方言というのは沖縄を含め、京都を中心としてほぼ同心円を
描いた分布を描いている。そして、京都から離れた地域ほど、
古い時代の言葉を使っていると考えられている。東京ではバカ、名古屋では
タワケ、大阪ではアホというが、西日本にもタワケ地域、バカ地域が存在
している。沖縄方言の「めんそーれ」は「御免候へ」がなまったものであり、
室町時代に京都で使われていた言葉だと言われている。これをもって
「日本化政策の名残り」というのは無理がないだろうか?

34. 入り浸り [E-Mail] 2003/01/28(火) 01:15:29
また、薩摩は明治当初から日本政府内で大派閥を形成していたというのは
誰でも知っている事実であり、薩摩が日本化されたというのは誤りである。
「日本は一つ」という坂本竜馬のメッセージが広く共有されたのには
少なくとも薩摩から津軽までは同じ日本であるという感覚が共有されていた
からではないだろうか。er氏のいう拡張主義は再び批判を受ける。
また、沖縄や北海道についても、どうも当時の人々は日本の一部であると
考えていたフシがある。樺太は島であるか半島であるかについて調査が
行われたことを考えると、北海道はどうも当時から日本だという感覚が
共有されていたようだ。また、沖縄については県制を敷くのが遅れたが、
これは沖縄の国民化政策というよりは清との関係がもつれたからだろう。
いわゆる琉球帰属問題である。また、台湾出兵は拡張主義とみなすべきでは
ない。これは台湾において琉球住民が殺害されるという事件に対する
反応であり、日本政府が琉球を日本の一部とみなす考え方から台湾を攻めた
ものである。
思うに、明治初年の日本は、「日本とは何か」という問いに直面しており、
(今でも解決されていないが)その一つとして「日本とはどこか」という
問いに答えようとしていたのではないかと思われる。おそらく、沖縄、北海道は
日本と考えていたであろうし、現地にもそれを認めるものがあった。
後の日本の態度を考えると、台湾や朝鮮は日本ではないと考えていただろう。
また、北海道は日本と考えていたが、千島、樺太は所有者のいない
土地と考えていたようだ。この視点からすると、日本化政策や天皇原理主義が
沖縄文化やアイヌ民族を滅ぼしたとは考えにくい。

35. 入り浸り [E-Mail] 2003/01/28(火) 01:26:47
逆に、台湾、沖縄、中国への進出は明らかに拡張主義である。
なぜならば、「日本ではない」と見做していた場所への進出だからである。
これらの地域を「日本である」と見做していたならばこれらの地域での
日本化教育はそれほど行われなかったであろう。また、「内鮮一体」が
叫ばれたのも、「朝鮮は日本ではない」という考え方を消去するもので
あり、それは一定程度成功していたものと考えられる。そうでなければ
朝鮮に志願兵制度が出来た時、志願兵が殺到するはずはなかったからだ。
さて、
台湾は日本が日清戦争に勝って手に入れたものであるが、この地での
日本化政策は成功した。なぜならば、台湾人は本土中国に対して劣等な
人種と見做されていたからである。その状況において、台湾人が中国人
というアイデンティティを持つことは苦痛でしかなかっただろう。
そこに日本がやってきて日本化政策を施すことが台湾人にとって
ありがたくないわけがない。これが今日の台湾の親日感情の源泉であると
私は考えている。しかし、朝鮮に対しては違った。朝鮮は日本に匹敵するだけの
歴史を持ち、一つの民族として成立していた。そこに日本化政策を施しても
朝鮮人たちにとっては苦痛でしかない。これが朝鮮の反日感情の一つの
原因であると私は考えている。

36. 入り浸り [E-Mail] 2003/01/28(火) 01:37:21
ところで、er氏はこの日本化政策と天皇原理主義を時系列的に見て
放棄し、「権益獲得、権益保護」という立場からその後の日本の戦争を
眺めている。これはおかしい。立脚する思想に合わないから時系列を
逆にたどることによって結果から原因をあぶりだし、無理に日本化政策と
天皇原理主義に話をもっていこうとしているように見える。
さて、明治の「日本とはどこか」の問いを終えた19世紀末から
20世紀初頭、日本はなぜ台湾や朝鮮を併合したのか。
台湾については理由は簡単である。日清戦争に勝って賠償として
領土をもらったからだ。当時としては戦争によって領土が動くことは
珍しいことではなく、アルザス・ロレーヌ地方は独仏間で何度も
領土がやりとりされている。もしも日清関係が独仏関係のような
ものであったならば、台湾はその時その時によって帰属を変えていた
かもしれない。しかし、それにはあまりにも日本は成長しすぎ、清は
弱体化しすぎていた。これが台湾が日本領となった由縁である。

37. 入り浸り [E-Mail] 2003/01/28(火) 01:52:27
では、朝鮮はなぜ日本領となったか。これはロシアとの関係を考えなければ
ならないことであり、ロシアとの関係を無視しているer氏の発言は
考慮に値しない。伝統的にロシアは南進政策をとっており、不凍港を求めて
バルト、クリミア、シベリアと拡張主義をとっていた。最も最近の
拡張主義はソ連時代のアフガン侵攻である。
この帝政ロシアの拡張主義に対し、弱体化した清や朝鮮は対抗できず、
近い将来列強のどこかが植民地化するであろうと考えられていた。
それに最も積極的だったのがロシアである。しかし、もしも満州と朝鮮を
ロシアに抑えられたならば日本海を挟んでロシアと日本が対峙することと
なり、さらに釜山から対馬まではわずか数十キロである。この状態は
戦争リスクを極めて高めるものである。もしも今日中国とアメリカが
隣接していたならば、おそらく両国はすでに交戦状態であっただろう。
およそ隣国同士、しかも大国同士となると仲が悪いもので、
日中、独仏、印パ、アルゼンチンとブラジルなど、今日でも隣接する
地域大国は仲が非常に悪い。当時の日露はそのような関係にあった。
もしもここで朝鮮をロシアに取られたならば、「日本であるべき」領土が
危険に晒されることになる。これが日本が朝鮮を併合した理由である。
併合されるほうに言わせればたまったものではないが、これが当時の
理屈である。自分の弱さを恨まなければならない時代であった。
今日ならば許されない事態であっても、当時は平然とまかり通ったことがある。
このような形での韓国併合はその代表的なものであるといえよう。

38. 入り浸り [E-Mail] 2003/01/28(火) 02:07:07
次は時系列どおり、満州権益について語ろうと思う。
満州の利権について言えば、私はやや日本の傲慢さが見えると思う。
もちろん、満州の利権を得なければ日本経済は悪化する一方であった
わけだが、それでは世界中の利権を手にしたところでマルクスのいうとおり
最終的には景気が悪化しだす。どこかで経済が内向きにならざるを得ない
はずである。これに気づかなかったのは一体どういうことか。
ケインズが日本に生まれなかったのはなぜか。この分析については
私はよく分からないが、一種の傲慢さと知的怠慢が日本を覆っていたから
ではないかと私は考える。「日本とは何か」を問い直すこともなく
列強に追いつくべく必死になり、夏目漱石いうところの外発的な
進歩に翻弄され、ついにたどり着いた列強の地位に慢心した部分が
あるのではないだろうか。列強と対等に張り合い、警戒される状況の中で
日本は満州の権益についてアメリカと衝突する。さらに、中国とも
衝突し、満州事変が起こる。この間には大正デモクラシーがあり、普通選挙
があり、治安維持法があり、五・一五と二・二六があり、軍部の独走が
あった。この当時における思想の変遷と「日本とは何か」という問いに
対する答えを研究することがこの戦争を解き明かす鍵になるかと
考えられるが、とりあえずer氏の意見は参考にもならねえってことでよろしく。

39. 入り浸り [E-Mail] 2003/01/28(火) 02:27:32
戦後について
戦後日本と「周辺」文化について語ろうと思うが、
まず、戦後体制はその限りにおいては間違っていなかっただろう。
天皇をなるべく表に出さず、国家主義に傾斜した日本を個人主義へと
傾斜させた体制はその時点においては間違ってはいなかった。
天皇が沖縄を見捨てたとer氏は言うが、実際には吉田茂に対し昭和天皇は
「沖縄を取り戻すための交渉は続けろ」と言っている。
また、72年以前に日本復帰をあれだけ望んだ沖縄が復帰後急速に
本土を厭うようになったのは奇妙である。これに対して、沖縄の文化が
奪われた、沖縄に米軍基地があるという理屈でもって返答をしてくる
のが普通であるが、これには何か意図的なものを感じる。
沖縄が今日の戦略上重要な位置にあるのは疑いようのない事実であるし、
日本政府がアメリカ依存の外交を取り続ける限りこれはなくならないし、
アメリカも認めはしないだろう。基地がなくなるときは日本が対米依存外交を
脱し、独自の軍事力を備えてアメリカをたたき出す時か、アメリカの衰退が
明らかになってアメリカが内向きの一国主義に傾斜し、日本を見捨てた時か、
中国に沖縄が占領された時である。どれにせよ、沖縄が小笠原あたりに
移動してこない限り沖縄に基地は存在しつづける。米軍基地か
日本軍基地か人民解放軍の基地かはさておいてだが。
また、文化を奪ったという反論に対してだが、文化とはそう簡単に奪える
ものではないし、文化は極めて強固なものである。なぜならば、文化は
合理性の追求の結果であることもあるし、そうでなくとも消え去ろうとする
時に極めて強い反発力が働くものだからである。しかし、沖縄においては
一部の活動家以外は沖縄文化に興味を示さないし、保護運動は規模の割には
大げさな左翼的な言説で飾られて紹介される。
もはや沖縄文化はその意味を失い、日本的なものに対するアンチテーゼの
記号として扱われている。在日朝鮮人にせよ、アイヌ民族にせよ、同様に
必至をかけられて長考している玉のように存在しているだけであり、
おそらく数十年の向こうにはこれらは消滅しているであろう。
次にこれらが日の目を見るのは芸術家によってその文化が見直された
時である。決して活動家によっては日の目を見ない。

40. 入り浸り [E-Mail] 2003/01/28(火) 02:44:40
現代日本の課題
さて、ここで皆さんは明治以来解決されていない問題があるのに気づくだろう。
それは「日本とは何か」という問いである。戦後もやはり我々は
アメリカの忠実な子分としてのみ、発展を許されてきた。平和憲法を
押し付けられ、アメリカの戦略の一端を担い、スローガンは戦前と変わらず
先進の欧米に追いつけ追い越せである。そして追い越した80年代、
我々は慢心し、今度は平和の中で没落して行こうとしている。
我々は「日本とは何か」の問いに答えずして次の一歩を踏み出せない
状況にある。今日の不況はやがて解決するだろう。しかし、それは
欧米や新興の中国に大きく差をつけられ、再び追いつけ追い越せの
声が復活する時であろう。そして追いついた時、再び慢心して没落する―
この連鎖を断ち切るためにも我々は「日本とは何か」の問いに答えなければ
ならない。私自身もその悩みの中にある。いまだ答えは出ていない。
しかし、我々は日本人である。答えは必ず我々の中にあるはずだ。
それを見つけ出すためには我々は戦前を問い直すよりも戦後を問い直した
方がいいと私は考えている。60年の時を経て戦後が歴史になるのだ。
戦後を歴史とし、20世紀の後半を見つめた時、その答えがでるのではないか。
降伏とは?平和憲法とは?戦後の新体制とは?朝鮮戦争とは?
高度経済成長とは?安保闘争とは?学生運動とは?なぜ学生運動は死んだのか?
国連加盟とは?オイルショックとは?オリンピックとは?吉田茂とは?
岸信介とは?田中角栄とは?プラザ合意とは?バブル景気とは?
昭和の終わりとは?そして今の不景気とは?
これらの問いに答えることが出来た時、次の時代が始まるのかもしれない。

41. er 2003/01/28(火) 03:50:00
>それでも俺は自称左翼 さん
>「歴史の連続性」を示しているだけで、因果関係の必然性を示しているわけでは>ない
仰るとおり、私の因果観はヒュームに近いカール・ポパー的なものです。
従って、リニアな必然性を余り想定しません。ただ心情として誰がresponseするかというものを考えた時、少なくとも自分を免罪することはできないなぁというところです。

>ととろろろさん
>もし、あなた以上に被害者に「応答可能」な立場に位置している人間/集団がい>るとすれば(あるとすれば)、あなたはそれでも責任を感じ、「応答」しますか>?

私に応答できる能力があると感じる限り応答するでしょう。
即ち私に何か責任が残されていると感じる限り。

>入り浸りさん
>これをもって
>「日本化政策の名残り」というのは無理がないだろうか?
意図が正反対です。「日本化政策」によってあたかも均質な「日本」というものが太古の昔から存在していたと思っている人がいますが、そのような考えに対して元来は入り浸りさんの仰るとおり、ばらばらの地域文化があっただろうということを示したかったのです。書き方が悪かったですね。確かにあの書き方では、誤解をを招いても仕方ないです。すみません。

>天皇が沖縄を見捨てたとer氏は言うが、実際には吉田茂に対し昭和天皇は
>「沖縄を取り戻すための交渉は続けろ」と言っている。
天皇メッセージ:1947年9月19日に昭和天皇の御用掛の寺崎英成が,マッカーサーの新しい政治顧問のウィリアム・J・シーボルドに対して,「天皇はアメリカが沖縄と琉球の他の諸島を軍事的に占領することを希望する。これは、アメリカに利するのではなく、日本の保護にも役立つ」の提出を「見捨てた」と判断しました。

吉田茂とセットで考えても私はそう判断します。まぁ当時の米国との力関係等を考慮した上で「見捨てた」と判断するかどうかは価値判断の問題になると思いますが。

>わたぱちさん、理学部生@最底辺さん
やりたかったことは自分の考えの論理的説明の練習とでもいうところでしょうか。
残念ながら、余り説得力を持てなかったようですが、私としてはかなり勉強になりました。殺伐とした雰囲気になりがちなネットで、誹謗中傷に陥らず、長々とした議論に付き合って頂きありがとうございました。


それではサヨウナラ。

42. 入り浸り [E-Mail] 2003/01/28(火) 14:25:04
ちょっと違うんだがなあ・・・
まあいいよ。またおいでよ。期待してるよ。

43. (´∀`) 2003/01/28(火) 14:52:02
>もし韓国人に性暴力を受けた日本人女性がいて、この世に男性が私しかいなかったら、男性というアイデンティティーを持つ限り、責任能力を持つと考えます。
腹を抱えて笑わせていただいたw

44. >入り浸り 2003/01/29(水) 16:43:27
>またおいでよ。期待してるよ。

正直カッコイイと思いますた

追加発言
お名前
(ペンネーム可、全角15文字以内で入力)
固定HNパスワード
メールアドレス
(省略可、半角で入力)
cookie←ここまでの情報を保存するときはここをチェック。
発言
ホーム > 談話室 > 議論 > 小泉首相の靖国参拝について2